「中国学のすすめ」開設にあたって
中国をどう理解したらよいのか。
この問いは、いま、以前にも増して切実なものになっているように思われます。既存の国際秩序を支えてきた規範や制度が大きな転換期を迎えるなか、中国は国際社会においてますます大きな存在となっています。中国という国家がどのような仕組みと論理によって動いているのか。その社会では何が起き、人々は何を考えているのか。そして、中国は世界とどのように向き合おうとしているのか。中国の国家と社会を歴史的・構造的に理解し、その対外行動の背景にある論理を考えることは、日中関係だけでなく、これからの国際社会の平和と人々の暮らしを考えるうえでも、欠かすことのできない「知」になっています。
一方で、中国について語ることは、以前にも増して難しくなっているようにも感じます。今日、私たちは新聞や書籍だけでなく、SNSや動画などを通じて、日々、膨大な中国情報に接しています。しかし、大量の情報が、中国理解の助けになるとは限りません。さまざまな立場から政治的な意図をもって発信される情報もあれば、十分な専門的知見や根拠に裏付けられていない情報もあります。刺激的でわかりやすい言説が広く拡散される一方で、長い時間をかけて中国と関わってきた実務家や、中国を歴史的・構造的に研究してきた専門家の知見が、情報の海のなかに埋もれてしまうことも少なくありません。
私たちは、大学という場で中国を研究し、さまざまな形で中国と関わってきました。そのなかで折に触れて感じてきたのは、研究や実務の世界に蓄積されてきた豊かな「中国知」と、社会のなかで日々流通する中国情報との間に、いつしか距離ができているのではないか、ということです。
大学に集い、あるいは大学とさまざまな形で関わる研究者や専門家・実務家がもっている知見を、もっと広く社会と共有することはできないだろうか。個々の出来事について「何が起きたか」を伝えるだけでなく、その背後にある歴史や構造を知り、「なぜそうなっているのか」を一緒に考える場をつくることはできないだろうか。
そうした思いから、慶應義塾大学東アジア研究所現代中国研究センターは、2026年度より笹川平和財団日中友好基金からの受託研究プロジェクトを開始し、その発信プラットフォームとして本ウェブサイト「中国学のすすめ」を開設いたしました。
「中国学のすすめ」では、大きく三つのテーマを掲げます。
第一は、「中国の政治・経済・社会の歴史的・構造的理解」です。目の前で起きている出来事だけを追うのではなく、それがどのような歴史の積み重ねのなかから生まれ、どのような制度や社会の構造と結びついているのかを考えます。
第二は、「国際秩序の再建と中国・日本」です。大きく変化する国際秩序のなかで、中国がどのような役割を果たそうとしているのか。そのなかで日本は中国とどう向き合い、どのような国際社会を構想していくことができるのかを考えます。
第三は、「情報と文化が規定する日本・中国・世界」です。私たちが中国を見るまなざし、中国の人々が日本や世界を見るまなざしは、政治や経済だけでなく、メディア、映画、文学、SNSをはじめとする情報や文化によっても形づくられています。そこに生まれる認識や感情、イメージにも目を向けていきます。
この三つのテーマを軸に、日本、そして世界の「中国知」の最前線を、広く皆様と共有していきたいと考えています。
本ウェブサイトでお届けしたいのは、単なる知識や最新情報だけではありません。それぞれの分野で長年研究や実務に携わってきた方々が、中国をどのように見ているのか、何を問いとして立て、どのような資料や経験を手がかりに考えているのか。そうした「ものの見方」や「問いの立て方」も含めてお伝えしたいと思っています。「中国学のすすめ」という名前には、そのような私たちの思いを込めました。
中国は、ひとつの視角から捉えられるほど単純な存在ではありません。だからこそ、異なる専門や経験をもつ人々の知見に触れることで、それまでとは違った中国の姿が見えてくることがあります。一つひとつのコンテンツが、中国を内在的・歴史的・構造的に考えるための新たな視角を得たり、これまで考えたことのなかった問いに出会ったりするきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
知的交流の場として、本ウェブサイトは、テキスト、音声(Podcast)、動画(YouTube)を活用し、日本語・英語・中国語の三言語を通じて、さまざまな方々にアクセスしていただける場を目指します。
この小さな試みから、「中国知」をめぐる対話の輪が、日本と中国、さらには世界へと少しずつ広がっていくことを、心より願っております。
2026年9月