2026年6月8日(月)、慶應義塾大学三田キャンパスにて、東アジア研究所現代中国研究センターの研究会として、ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院(SOAS)社会人類学准教授・食研究センター副センター長のジェイコブ・クライン(Jakob Klein)氏による講演会「Vegetarianism and Culinary Regionalism in Eastern China(中国東部における菜食主義と料理の地域主義)」が開催された。
司会は本塾文学部の岩間一弘教授、コメンテーターは香港中文大学人類学系の張展鴻(Sidney C. H. Cheung)教授が務めた。本講演は、2025年8月〜9月、2026年4月〜5月に計2か月間行われた現地調査に基づくものである。
はじめに
クライン氏はまず、本講演の目的を述べた。アメリカの中国料理史研究者ミシェル・キング(Michelle King)氏の議論、すなわち、中国料理を地理的に分類するのではなく、地域に根ざした料理のあり方がいかに形成されるかという「料理の地域主義」のダイナミズムを問う視点を手がかりに、現代中国における菜食主義と地域主義の関わりを検討するという。
2000年代以降、中国の都市部では菜食レストランが急増し、民衆仏教の復興や、食の安全・健康・環境への都市中間層の関心の高まりと結びつけて論じられてきた。しかし、これらの店が実際にどのような料理を出しているかには、十分な学術的関心が向けられてこなかった。
一部の研究は、中国の菜食推進派が抽象的な道徳論に終始し、豊かな食文化に十分関与できていないと批判してきた。これに対しクライン氏は、非営利団体の活動に限らず、レストランのオーナーやシェフが日々の仕事のなかで行う実践にまで視野を広げて見るべきだと主張する。
クライン氏が調査した経営者たちは、自らを菜食の推進派とは名乗らないものの、健康・環境・伝統文化という倫理的な目標を起業家としての実践に結びつけていた。こうした企ては、料理的・美学的でもあり、店が根ざす場所の力学によって形づくられながら、同時にその場所の食文化も形づくる。これが本講演を貫く視点である。
調査地は、長江下流域(「江南」)の対照的な二地点、すなわち浙江省の省都・杭州と、安徽省の仏教巡礼地・九華山である。
杭州:脱・地域料理と「グルメの砂漠」
クライン氏は、竹林を思わせる高級菜食レストラン「朴竺」での体験から語り始める。創業者チェン(Cheng)氏が同席するなか9品のコースを味わうが、各皿の食材は調理前に実物で示され説明が加わる。アペタイザー「水八仙」では、クワイなど湿地食材が、松茸料理では出汁麺の前に生のスライスが供され、いずれも素材そのものの「原味」を味わうことに主眼が置かれる。化学調味料は使わず、二十四節気に合わせてメニューを頻繁に変えるという。
なお、中国語で肉を使わない料理は一般に「素食」と呼ばれ、仏教的連想を伴う。対する「葷食」は肉食に加え、酒や「五辛」(ネギ類)の使用も含意する。精進料理では、小麦グルテンや豆腐で肉の食感を模した「倣葷」(もどき肉)が発達してきたが、朴竺はこれを避け、ワインやネギ類も使い、「素」「葷」の区分そのものから自由な「植物料理」を名乗っていた。
食材も北京近郊のトマト、雲南省のキノコなど、全国から調達され、その美学は東京からロンドンまで通じる国際的な高級菜食のスタイルだと、クライン氏は評す。チェン氏は、「杭州にいるからといって杭州料理を作らねばならないわけではない」と語ったという。
もっとも、こうした店も杭州の菜食レストランの系譜に連なる。杭州は12世紀、南宋の遷都以来、南北の食文化が融合し、素材の「原味」を活かした「清淡」な味わいを美徳とする美食の伝統をもつ。西湖周辺の寺院では、湯葉の「素焼鵝」や豚肉煮込みをもじった「素東坡」など、今も人気のもどき肉料理を生む精進料理が発達した。
ところが近年、杭州の美食は、観光地化・商業化や、若者を追い立てる「996」(朝9時〜夜9時・週6日)労働による自炊離れなどから、「美食荒漠」(グルメの砂漠)と揶揄されるほど評判を落としている。市内の菜食レストラン(現在80〜100軒)の多くは、こうした「衰退」言説への応答として登場してきたと、クライン氏は述べる。
その代表例が霊隠寺エリアの「慶春朴門」である。2019年創業、すでに複数都市に展開し、若者や家族連れで賑わう。常連客によれば、コロナ禍後、人々は刺激的な味より健康を志向するようになったという。同店はネギ類を使わず、酒も出さないが、あえて「素食」でなく「蔬食」を掲げ、宗教を問わぬ場であることを強調する。食材の半分以上が有機認証を受け、雲南省などから調達されているという。〔図1〕

九華山:巡礼の山と、地元に根ざす菜食
二つ目の調査地、九華山は杭州の西約200キロ、安徽省南部にある。地蔵菩薩の聖地として明代後期に確立した中国仏教の四大名山の一つであり、8世紀に新羅から渡り山中で没した僧・金喬覚が「金地蔵」として信仰されてきた。近年は高速鉄道開通もあり巡礼・観光が急速に発展し、農地の多くが観光インフラに転用され、元農家の多くは飲食業や観光業に転じているという。〔図2〕

麓にある「本草香」は、地元育ちのシェン(Shen)姉妹が2019年に開いた店である。旧暦7月15日の祭日、法要の後には無料の菜食ビュッフェが振る舞われ、栗やキノコの煮込みなど家庭的な料理が並ぶ。シェン氏によれば、最も重視するのは食材であり、健康的・季節的・地元産で毒素を含まない「純粋」なものであるべきだという。
肉を使わないのは、殺生を禁じる戒律のためだけでなく、屠殺の際に動物が毒素を放つため肉自体が「毒」だからでもある。シェン氏の義兄にあたるウー(Wu)氏は、素食の店の方が身体を浄化できる清潔な場所だと語った。もっともシェン氏自身、九華山を訪れる客の大半はなお肉料理を求めていると認めている。
実際、九華山の飲食店の大半は、「青陽料理」「徽菜」などと呼ばれるほぼ同一の肉料理メニューを掲げる小規模な家族経営店である。杭州に比べ油や唐辛子を多く使う塩辛く濃厚な味付けが特徴で、独特の匂いで知られる「臭鱖魚」「毛豆腐」などの発酵食品が名物である。しかし、近年は観光客向けに味が穏やかになり、家庭の発酵文化も既製調味料への依存とともに失われつつあるという。
こうしたなか、より高級な「三界園」では、料理長ヤオ(Yao)氏が、主流の肉料理店を油・味の重い「老徽派」と位置づけ、自らの「養生清淡」な料理を「新徽派」と呼んで差別化する。同時に、杭州のような大都市の菜食料理を、地域性を欠く「江湖菜」と批判していた。
他方、国営企業系のリゾート「五渓山色」では、無形文化遺産継承者の弟子にあたるワン(Wang)氏が、地元食材のみで作る自家製もどき肉「素肥腸」に誇りを持ち、肉中心の宴会文化に根ざした、朴竺とは異なる高級菜食のあり方を体現している。
地元料理に欠かせないのが薬用の根茎「黄精」である。金地蔵がこれのみを食べて修行し、没した際にも肉体が腐敗しなかったという伝承から、「地蔵黄精」とも呼ばれる。それは、地元の水土と山の霊気に結びついた、地元菜食レストランのアイデンティティの核をなす食材だという。
おわりに:地域を越えた移動と、料理という言語
クライン氏は最後に、両事例を比較し、そこから得られる示唆を整理した。
国際都市・杭州の菜食レストランは、「杭州料理」に自らを位置づけず、全国・国際的な調理スタイルを取り入れる。これは地域性の喪失というより、コスモポリタンな客層や「グルメの砂漠」という評価への応答である。一方、九華山の料理の担い手は、自らを地元の料理伝統に根ざす存在とみなす傾向が強い。本草香が地元の保存に、三界園が改良に、五渓山色が師弟継承の枠内での革新に、それぞれ力点を置くという多様性を示した。だがいずれも、シェフの修業歴や資本の流れは、広東での経験や都市から故郷への「Uターン」など、地域を越えた移動に支えられている。
食材の「季節性」の語りも対照的だった。杭州は、雲南・福建など全国の「純粋」な土地から食材を集め、いわば全国規模の理想化された自然観を作り出す。一方、九華山では「季節の」食材とは「地元の」食材を意味し、水土と山の霊気に結びついた特産品への愛着が強調される。しかしいずれも、食を通じて身体と環境の調和を図るという、中国医学的な発想を根底に、急速な都市化や気候変動に乱された「場所」との関係を回復しようとする点では共通している。
クライン氏は、環境決定論や場所に根ざしたアイデンティティ形成という従来の枠組みだけでは、現代中国の料理の地域主義を十分に理解できないと述べる。コメンテーターの張展鴻氏が香港の淮揚・上海料理研究で示してきたような、人・食・資本の地域を越えた移動にも目を向ける必要があると論じた。
講演の最後に、郷土料理(地元料理)という「言語」は、食の安全や世代間における伝統の断絶といった社会的課題を語るための強力な手段になると指摘した。さらに、こうした課題に取り組む実践が、料理そのものの変化にも具体的な影響を及ぼしうると述べ、講演を締めくくった。
質疑応答
講演後の質疑応答では、まずコメンテーターの張展鴻氏が、香港・広東での経験を踏まえてコメントした。広東式の菜食では、牡蛎の稚貝がかつて竹垣で養殖されていたことから、旧正月に牡蛎を使った「菜食」料理を食べる慣習があるなど、地域によって「何を菜食とみなすか」の線引きが異なる点を指摘した。
その上で、①伝統的・宗教的な菜食実践は、現代的でコスモポリタンな菜食消費のなかでどう継承されているか、②「肉のスープでも、肉そのものが見えなければよい」といった柔軟な菜食実践は中国的な特徴といえるか、また杭州と九華山とで違いはあるか、③中国式の菜食は西洋発のヴィーガニズムなどからも影響を受けているか、という3点を尋ねた。
本塾文学部4年生の王楚迪氏も、母親が敬虔な仏教徒である友人の例(家庭内では肉を食べないが、友人本人は学校では普通に肉を食べる)を挙げ、こうした「柔軟性」に言及した。
続いて、経済学部の光田達矢准教授は、レストランという「空間」が、「本物らしさ」や「健康へのよさ」をめぐって、さまざまな立場の人々が行動し、話し合う場になっている点に注目した。これが宗教的な菜食と世俗的な菜食とを区別する新しいやり方なのか、また食材・資本・観念の流れがこの空間を通じて地域・国・グローバルという複数のスケールへとどう広がっていくのかを尋ねた。
文学研究科修士課程1年生の朱晶晶氏は、食材の多くが雲南省産だったことに触れ、雲南のレストランでのフィールドワークの可能性を尋ねた。
文学部の岩間一弘教授は、朴竺の庭園が「日本風庭園」と評されることの是非、および講演で言及された「環境決定論」と「アイデンティティ形成」という分析枠組みについて質問した。
これらに対しクライン氏は、まず雲南料理について、1999年に昆明で開催された国際博覧会や、2009年以降の雲南省による料理キャンペーンなどを通じ、かつて「貧しく後進的」とされた雲南のイメージが、いまや「健康的で純粋」という先進性の象徴へと戦略的に転換されてきた経緯を説明し、自身も雲南で計6〜8か月ほど調査してきたと述べた。
庭園については、案内役のマネージャーに「日本風庭園ですね」と言ったところ、「いや、これは宋代様式だ」と訂正され、ナショナリズムに触れる論争になった逸話を紹介した。「植物料理」という言葉自体にも日本的な含意がなくはないが、それをあえて明言しない「もっともらしく関与を否定できる余地(plausible deniability)」がしばしば働いていると述べた。
この「もっともらしく関与を否定できる余地」は、宗教をめぐる問題にもつながるという。2017年以降、寺院などが宗教を商業目的に利用することへの取り締まりが強まるなか、多くの菜食レストラン経営者は、篤い宗教的信念を持ちながらも、それを前面に出さず、健康・環境・伝統文化といった世俗的な言葉で自らの活動を語っている。しかし店が寺院の近くに集まる立地など、随所に宗教性は透けて見えている。上海の菜食博覧会では、宗教的シンボルが一切なかったにもかかわらず、参加者は皆互いを「信仰仲間」として紹介し合っていたという例も紹介した。
柔軟な菜食主義については、イギリスなどでも菜食・ヴィーガンの実践は実際には柔軟だが、そこでは本来「一貫しているべきだ」という前提があるのに対し、中国の在家仏教では、たとえば月に10日だけ肉を断つといった実践自体が徳を積む行為として肯定される点が異なると説明した。
もっとも近年は、新しい菜食レストランのなかに、あえて一貫した実践を重視し、菜食者同士が気兼ねなく会食できる「安全な空間」を志向する動きも出てきており、紹興でそうした店を営む経営者の例を挙げた。西洋との関係については、高級店ほど多国籍な料理を取り入れコスモポリタンな菜食実践を体現する一方、必ずしも一貫した菜食者でない客が月に数回、国際色豊かな菜食を楽しむといった、緩やかな需要にも支えられていると付け加えた。
最後に、環境決定論とアイデンティティ形成という二つの分析枠組みについては、食文化史家の趙栄光氏やミシェル・キング氏らの仕事を踏まえたものだとした。その上で、人・食・資本の「移動」や、料理が地域・全国・国際という複数のスケールを同時に持ちうる点にも目を向ける必要があると、講演の結論を改めて強調した。
(朱晶晶記/慶應義塾大学文学研究科修士課程)
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