中国を読む――書き手と語る、問いと視角

【中国を読む】段瑞聡さんと『蔣介石と新生活運動』『蔣介石の戦時外交と戦後構想』を読む

蔣介石を、どう呼ぶか。反日の指導者、反共の指導者、日本にとっての「恩人」、台湾の「権威主義者」。その呼び名は、時代と場所によって大きく揺れてきた。今回は、慶應義塾大学商学部教授の段瑞聡さんをお迎えし、著書『蔣介石と新生活運動』(慶應義塾大学出版会、2006年)と『蔣介石の戦時外交と戦後構想 1941-1971年』(慶應義塾大学出版会、2021年)をめぐって語っていただいた。高校時代の既視感に始まる研究の出発点から、1941年と1971年という区切りに込めた意図、1949年をまたぐ「連続と断絶」の問い、そして残された国境と領土の問題まで。蔣介石を読み直すことは、私たちの現代中国理解に何をもたらすのか。具体的なエピソードを交えて聞いた。

段瑞聡さんと『蔣介石と新生活運動』『蔣介石の戦時外交と戦後構想』を読む

Summary

要旨

蔣介石を、どう呼ぶか。反日の指導者、反共の指導者、日本にとっての「恩人」、台湾の「権威主義者」。その呼び名は、時代と場所によって大きく揺れてきた。今回は、慶應義塾大学商学部教授の段瑞聡さんをお迎えし、著書『蔣介石と新生活運動』(慶應義塾大学出版会、2006年)と『蔣介石の戦時外交と戦後構想 1941-1971年』(慶應義塾大学出版会、2021年)をめぐって語っていただいた。高校時代の既視感に始まる研究の出発点から、1941年と1971年という区切りに込めた意図、1949年をまたぐ「連続と断絶」の問い、そして残された国境と領土の問題まで。蔣介石を読み直すことは、私たちの現代中国理解に何をもたらすのか。具体的なエピソードを交えて聞いた。

「五講四美」の既視感――蔣介石研究の出発点

段さんの専門は中国近現代政治史。スタンフォード大学フーバー研究所などで客員研究員を務めた経歴をもつ。研究の領域は、蔣介石を中心とする中華民国史である。この研究が現代中国の理解にどうつながるのか。対話は、その問いを軸に進んだ。

出発点には、一つの既視感があった。段さんは中国の高校時代に「五講四美」(礼儀や衛生、秩序、道徳を重んじ、心や言葉、ふるまい、環境を美しくしようと呼びかけた1980年代の運動)を経験している。のちに慶應義塾大学の図書館で、新生活運動をめぐる蔣介石の演説を読んだとき、両者がよく似ていることに気づいた。時代も政治体制も違う。それでも、国家が理想的な国民の姿を示し、人々の生活様式を変えようとする発想には、歴史的な共通性がある。この視点から近代中国史をさかのぼって考えることで、現代中国をより深く理解できるのではないか。第一の著作は、そこから生まれた。

生活を変え、国民をつくる――『蔣介石と新生活運動』

新生活運動は、1934年に蔣介石が江西省南昌で始めた大衆運動である。規律正しい生活、礼儀、時間厳守、清潔。そうした日常生活の変革を通じて、「近代国家にふさわしい新しい国民」をつくり出すことが目的だった。青年時代に日本へ留学した蔣介石は、明治維新を経て近代国家となった日本を、中国の近代化の一つのモデルと見ていた。ただし運動の思想的な背景はそれだけではなく、中国の伝統思想、日本の武士道、ファシズム、キリスト教といった多様な要素が組み合わされていたと段さんは指摘する。単なる生活改善の運動ではない。国民自身を変えることから始める「国家建設の運動」だった。それが本書の位置づけである。

なぜ1941年から1971年なのか――『蔣介石の戦時外交と戦後構想』

第二の著作で、段さんは分析の対象を「1941年から1971年」に設定した。この区切りには、従来の歴史の見方を乗り越えるという狙いがある。起点の1941年は、太平洋戦争が始まった年である。1931年からの日中戦争の時期についてはすでに研究の蓄積があり、それとは違う視点から蔣介石の外交と思想を見直したかった。終点の1971年は、国連における中国代表権が中華民国(台湾)から中華人民共和国へ移った年である。これは、戦後の東アジア国際関係が大きく転換する画期となった。翌1972年にはニクソン訪中と日中国交正常化が実現する。

さらに重要なのは、1949年の中華人民共和国成立を単なる「断絶」として捉えないことだ。中華民国から中華人民共和国へ、何が変わり、何が引き継がれたのか。その「連続と断絶」を問い直す視点である。戦後の日中関係も、台湾問題も、両岸関係(中国と台湾の関係)も、1949年以前の歴史を切り離しては理解できない。そして、その鍵を握る人物こそ蔣介石なのだと段さんは強調する。

「反日・反共」だけでは足りない――蔣介石像を読み直す

一般に持たれがちな「反日・反共」という一面的な蔣介石像では、不十分である。段さんはそう主張し、蔣介石を「反共的民族主義者」と捉え、その外交を「革命外交」と位置づける。蔣介石の思想には反帝国主義、民族主義、革命主義という側面があり、とりわけ1928年の済南事件(北伐中の国民革命軍と、山東に出兵した日本軍が衝突した事件)を機に、日本を中国革命と国家統一を阻む存在として強く意識するようになった。しかし、その視野は中国国内にとどまらない。朝鮮、インド、ベトナムなど、アジア諸地域の民族独立にも関心を示しており、日中戦争を、より広い「反帝国主義」の実現という文脈で捉えていた。

段さん自身の蔣介石認識も、変遷をたどってきた。中国大陸で受けた教育では、蔣介石は「反革命」だった。戦後の台湾では「蔣介石先生」と称えられ、2000年以降の政治体制の変化とともに評価は下がった。日本では、戦後の寛大な対日政策から「恩人」と見る世代がいた一方、近年は台湾情勢の影響で「権威主義者」という見方が強まっている。地域ごとに評価がこれほど揺れてきたことからも、蔣介石を多角的に分析する重要性を痛感したという。

書き終えてもなお、わからないこと

この番組で毎回尋ねる問いがある。本を書いて明らかにできたことではなく、明らかにならなかったこと、そして次に残された重要な課題は何か。段さんの答えは、国境と領土の問題である。1949年以降に台湾へ渡った蔣介石は、中国をめぐる国境や領土の問題をどう認識し、どう対応したのか。1962年の中印国境紛争への蔣介石の対応については、すでに論文を発表した。今後は朝鮮戦争、1969年の中ソ国境紛争、そして1970年代に浮上した尖閣諸島の問題など、具体的な事例に即して、その思考と行動を検証していく。

1971年まで中華民国が国連の代表権を保持していた事実を考えれば、これらの国境問題は、蔣介石自身にとっても、中国の領土と主権に関わる重要な問題だった。国家統一、領土、主権といったテーマについて蔣介石の思想を解き明かすことは、1949年以降の台湾を理解するだけでなく、現代中国がどのように形づくられてきたのかという歴史の過程を明らかにすることにつながる。

歴史から学ぶということ

新生活運動から国境・領土問題まで、段さんの研究は一貫して、蔣介石という一人の人物を通して現代中国の成り立ちを問うてきた。では、日中戦争を研究することの意味は、どこにあるのか。歴史から学び、日本と中国が二度と戦争を繰り返してはならないというメッセージを伝えること。それが歴史研究の重要な使命だと段さんは語った。対話は、そんな言葉で結ばれた。

People

出演

加茂具樹
司会

加茂具樹

慶應義塾大学総合政策学部・学部長 教授 博士(政策・メディア)

現代中国政治外交

段瑞聡
ゲスト

段瑞聡

慶應義塾大学商学部・教授、博士(法学)

中国近現代政治史、日中関係史

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