Summary
要旨
一つのダム計画を決めるのに、なぜ中国の最高権力機関である全国人民代表大会(全人代)の議決が必要だったのか。今回は、慶應義塾大学法学部教授の林秀光さんをお迎えし、著書『中国共産党と三峡ダム 国家プロジェクトの政治過程』(慶應義塾大学出版会、2025年)をめぐって語っていただいた。卒業論文のテーマ探しのなかで出会った一つのニュースが、やがて生涯の研究テーマへと育っていく。約1世紀におよぶ三峡ダムの紆余曲折をたどりながら、林さんは、既存の中国政治研究の枠組みをどう乗り越えたのか、そして次に何を問おうとしているのか。研究の動機から舞台裏、「書き終えてもなお、わからないこと」までを聞いた。
なぜ全人代だったのか――一つのニュースから始まった問い
1992年4月3日、巨大国家プロジェクトである三峡ダム計画が、全人代で採択された。特定の個別プロジェクトが全人代の議決にかけられることは、当時の中国政治においてきわめて異例であり、日本でも大きく報じられた。ちょうどその頃、慶應義塾大学の国分良成ゼミで卒業論文のテーマを探していた林さんは、このニュースに強い衝撃を受けたという。心を捉えたのは、ダムそのものではなかった。「なぜこのプロジェクトは、わざわざ最高権力機関での決定を必要としたのか」。中国の権力の力学をめぐるこの素朴な疑問が研究の原点となり、やがて一生をかけたテーマへと発展していくことになる。
一世紀の紆余曲折を追う――「断片化された権威主義」の先へ
本書の学術的貢献は、大きく二つある。第一に、1918年に孫文が提唱した構想から1992年の採択に至る三峡ダムの紆余曲折を、政策決定過程として実証的に描き出したことである。単なる歴史の追跡にとどまらず、主管部門の党員技術幹部と政策に賛同する最高指導層の協働に着目し、ダムサイトや貯水レベルの選定の過程を丹念にたどることで、政策過程におけるパラダイム転換を浮かび上がらせた。三峡ダムによる長江の治水・発電・水運をめぐる資源、リスク、および権力の再配置における権力の強さを明らかにすることができた。
第二に、中国政策決定研究の定番であるマイケル・オクセンバーグらの「断片化された権威主義モデル(fragmented authoritarianism)」を乗り越えようと試みたことである。部門間の利害対立が政策決定を阻む側面を強調するこのモデルは、林さんによれば、同計画が頓挫した1986年までの分析に基づいていた。本書は1992年の最終決定までを視野に収め、長江中下流域の治水や国民経済(および電力)の四倍増計画といった「国家ビジョン」の前で、部門間の軋轢がいかにして克服され、「政策が決まる構造」を解き明かす。全人代での決定には、ダムを「全国民のプロジェクト」と位置づけ、ほぼ全国の電力料金に建設基金を上乗せして徴収する制度を正当化するという、もう一つの政治的意味があったことも明らかにされる。
人社系研究者、ダムに挑む
研究の道のりは、平坦ではなかった。水理学、土砂堆積、ダムサイトの構造――ダム建設を理解するには、自然科学の技術知識が欠かせない。人社系の政治研究者である林さんにとっては専門外の世界であり、統計や図表を読み解くリテラシーの習得には多大な努力を要したという。だからこそ林さんは、若い学生たちにこう助言する。文系であっても理系的なリテラシーを身につけること。それが研究の幅を大きく広げるのだ、と。
その一方で、林さんは三峡ダムというテーマとの出会いを「幸運だった」と振り返る。始めた当初、これが生涯の研究テーマになるとは思ってもみなかった。しかし、約1世紀という長い時間軸を持つこのテーマは、小手先の政策分析では到達できない、中国共産党支配の核心に迫ることを可能にする「エース事例」だった。執筆中は「この優れた素材を十分に生かしきれているだろうか」という葛藤を常に抱えていたという。このテーマに巡り会えた偶然が、研究を深めていく大きな力になった。
書き終えてもなお、わからないこと
本書を書き終えてもなお、わからないままのことは何か。林さんの答えは率直だった。まず、資料の制約により、1986年に最高指導層が行った現地視察の詳しい内容はいまも検証できていない。「なぜ全人代での決定が必要だったのか」という当初の問いに、完全には答えられていないのである。
次に挙げられたのは、地方政治の力学である。三峡ダムプロジェクトに消極的な姿勢であった四川省内の省都・成都と、当時は一都市でありながらプロジェクト推進に大きな役割を果たした重慶。その複雑な関係が示すように、中央と地方の関係だけでなく、地方の内部にも解き明かすべき権力の構造がある。
さらに、研究の視野を広げる二つの大きなテーマも語られた。一つは、旧ソ連の援助に始まり、米国、カナダなどが関与した歴史を踏まえて、三峡ダムを軸に中国の国際関係史を描くこと。もう一つは、ダムを管轄した水利電力部門が分離と再編を経て複数の企業集団へと変わっていく過程を追い、官僚組織の利益集団化を1990年代以降の長期スパンで分析することである。スケールの大きなこれらのテーマを、意欲ある若い研究者たちに引き継いでほしい。そんな期待も込められていた。
次の問いへ――水利建設と農民から見る中国の統治
林さんが次に見据えるのは、超エリート中心の権力分析から視点を下げた、「普通の人々」の政治である。1950年代から80年代にかけて、農閑期には毎年約1億人もの農民が「投労」(労働力の投入)という形で水利建設に動員された。この歴史を掘り起こすことが、次の研究構想だ。


